製造業におけるSDGsを考慮したグローバル販売促進の事例

持続可能な開発目標(SDGs)への意識の高まりに伴い、製造業各社は販売促進・プロモーション活動にも環境分野の目標(気候変動対策、資源循環、廃棄物削減など)を積極的に取り入れています。今回は、国や業種を問わず選定した製造業の具体的な企業事例を紹介し、それぞれが関与する環境SDGs目標、施策の種類、消費者への訴求ポイント、実施成果および事例から見えるトレンドや新しい手法についてまとめました。
事例① Adidas:「Run for the Oceans」で海洋プラスチック問題に挑戦
スポーツ用品メーカーのAdidasでは、環境団体Parley for the Oceansと提携し、海洋プラスチック汚染への対策を訴求するグローバルキャンペーン「Run for the Oceans」を展開しました。これはSDG14(海の豊かさを守ろう)およびSDG12(つくる責任 つかう責任:資源循環)に関連する取り組みです。キャンペーンの中心は、世界各地の人々がランニングを通じて参加できる顧客参加型イベントで、走った距離に応じてAdidasが海洋保護活動に資金を拠出する仕組みになっています (Adidas x Parley ? Parley)。ニューヨークや東京、ベルリンなど世界各都市でイベントを開催するとともに、ランニング記録アプリ(Runtastic等)と連動したデジタル施策により、自主参加のランナーも含めたグローバルムーブメントへと発展しました。
消費者への訴求ポイントは「スポーツで海を救おう」という明快なメッセージです。自らのランニングが寄付や海洋プラスチック削減につながると知ることで、参加者は達成感と社会貢献の実感を得られます。AdidasはSNSや特設サイトで海洋プラスチック問題の現状やランイベントの様子を発信し、コミュニティ意識を醸成しました。また、回収したプラスチックからシューズやユニフォームを製造し「海のごみをファッションに生まれ変わらせる」というストーリーで商品プロモーションにもつなげました。実際、2017年に100万足だった海洋プラスチック由来シューズ生産は2019年に1,100万足に増加しており、バージン素材の削減やCO2排出低減に貢献しました。キャンペーンには2018年に約100万人、2019年には220万人以上が参加し、寄付金が海洋環境教育プログラムに充てられるなど環境保全につながる直接的成果も上がっています。この取り組みによりAdidasのブランドは「環境を大切にするスポーツブランド」という好印象を獲得し、顧客エンゲージメントの向上にも寄与しました。

事例② ルノー:仏アッピー村のEV化「Electric Village」プロジェクト
自動車メーカーのルノー(Renault)は、電気自動車の普及促進を目的としてフランスの人口わずか25人ほどの村アッピー(Appy)を舞台にユニークな実証キャンペーン「Electric Village」を実施しました (Renault – Electric Village – Sebastien Rouviere)。この施策はSDG13(気候変動に具体的な対策を)やSDG7(エネルギーをみんなに そしてクリーンに)に通じるものです。ルノーはアッピー村の全世帯に新型電気自動車「ZOE」を提供し、“フランスで最も辺境の村を100%電気自動車化“する試みを行いました。インフラ整備が不十分な山間部でもEVだけで日常生活が成り立つことを実証することで、「ここでできればどこでもできる」というメッセージを打ち出し、航続距離や充電への不安(レンジ不安)の払拭を狙いました。
活動の種類としては、実際の地域コミュニティを巻き込んだ体験型プロモーション(実証実験)と、その様子を伝えるデジタル・映像キャンペーンの組み合わせです。約2か月にわたる村人のEV生活の体験はドキュメンタリー風のコンテンツにまとめられ、YouTubeやSNSで配信されたほか、フランスのテレビCMシリーズとしても放映されました。これにより都市部の消費者だけでなく、幅広い層に「EVはどこでも実用的」というメッセージを人間味あふれるストーリーで届けています。訴求ポイントは「見せることで証明する」というアプローチで、単なるスペック説明ではなく実在の家族・村人の日常を通じてEVの利便性と環境価値を感じさせた点が特徴です。
このキャンペーンは大きな話題を呼び、SNS上でも「全員EVの村」というユニークさから拡散されブランド認知度向上につながりました。その結果、フランス国内におけるルノーEVの販売台数は前年比50%増加し、提供車種ZOEは欧州でEV販売台数第1位のモデルとなる成功を収めています。さらに本施策はカンヌ国際広告祭をはじめとする広告賞で高く評価され、ルノーに「革新的で信頼できるEVメーカー」のイメージを定着させました。環境負荷低減の観点でも、ガソリン車からEVへの転換によるCO2排出削減効果を実証しつつ、多くの生活者に持続可能なモビリティへの関心を喚起した点で意義深い取り組みといえます。

https://www.sebastienrouviere.com/renault-electric-village
事例③ パタゴニア:消費抑制を訴える「買うな、このジャケット」広告とWorn Wear
アウトドア衣料メーカーのパタゴニア(Patagonia)は、環境責任を前面に打ち出した独自のマーケティングで知られています。特に2011年のブラックフライデーに米紙に掲載した広告「Don’t Buy This Jacket(買うな、このジャケット)」は有名で、製造業者自らが消費抑制を呼びかける異例のキャンペーンでした (The Success of Patagonia’s Marketing Strategy)。この施策はSDG12(つくる責任 つかう責任:廃棄物削減)に直結し、衣料廃棄問題や過剰消費への警鐘を発するとともに、自社製品の耐久性とリサイクル性を訴求する内容でした。広告では自社の人気ジャケット1着あたりに環境へ与える負荷(CO2排出や水資源使用量)を具体的に示し、購入前によく考えるよう消費者に促しています。奇抜とも言えるこのメッセージ戦略は大きな反響を呼び、ブランドの真摯な姿勢として受け止められました。結果としてパタゴニアの売上高は翌2012年に前年比約30%増加し、その後も成長を続けました。消費を抑制せよという広告が売上増につながる一見矛盾した現象は、パタゴニアが長年培ってきた環境志向のブランド価値が支持されたことを示しています。「口先だけでなく実践を」との信念から、パタゴニアは売上の1%を環境団体に寄付し、自社工場でリサイクル素材や自然エネルギーを活用するなど企業全体でサステナビリティを徹底しており、その真摯さが顧客の共感と忠誠心を生んでいると考えられます。

事例④ IKEA:ブラックフライデーを「Buy Back Friday」に – 中古家具の買い取り促進
家具大手のイケア(IKEA)は、小売販売イベントにサステナビリティの発想を取り入れた例として「Buy Back Friday」キャンペーンを実施しました。従来、年末商戦期のブラックフライデーは大量購入を煽るセールで知られますが、IKEAは2020年、この期間を新品販売ではなく中古家具の買い取り促進イベントに充てました (BuyBack Friday gives thousands of pieces of furniture a new life | Ingka Group)。これはSDG12(つくる責任 つかう責任:リサイクル推進)につながる取り組みで、不要になったIKEA製品を店舗に持ち込むと元の購入価格の最大50%で買い取ってもらえるという内容です。査定はオンラインツールで事前に行い、提示された買い取り額のクーポンと引き換えに家具を引き渡す仕組みで、手軽さも工夫されていました。キャンペーン期間中は世界各国のIKEA店舗で同様の取り組みが行われ、期間終了後も混雑を避けるため買い取り受付を翌年まで延長する配慮もなされました。
消費者への訴求ポイントは、「安易に捨てず賢く売って、家具に第二の人生を与えよう」という呼びかけです。特にIKEAファンにとって、自分の家具が他の誰かに再利用されることや、その対価で新たな購入ができることは魅力的な提案でした。IKEAはこの施策を通じて「持続可能な暮らしを手頃に実現する」というビジョンを示し、過剰消費を見直すきっかけを提供しました。コミュニケーション面では、テレビCMやSNSで「Buy Back Friday」のコンセプトを発信し話題作りを行うとともに、店舗ではリサイクルされた家具の展示やスタッフによる説明を実施し、参加ハードルを下げました。
成果として、初年度の試みで約48万2千件のオンライン査定申し込みがあり、合計210万ユーロ相当のクーポンが発行されるというIKEAの想定を上回る反響がありました。回収された中古家具は各店の「Circular Hub(サーキュラーハブ)」コーナーで再販され、多数の製品が廃棄を免れて新しい所有者のもとに渡りました。現在ではこの買い取り施策は常設のサービスとして定着しつつあり、IKEAにとって循環型経営への転換とブランド価値向上の両面で成功を収めたと言えます。環境面では新品生産を抑制する効果から温室効果ガスや資源消費の削減につながり、消費者側も「捨てない選択」を経験することでサステナブルなライフスタイルへの意識が高まりました。

事例⑤ トヨタ:燃料電池車「MIRAI」のユーモア啓発デジタルキャンペーン
自動車メーカーのトヨタは、次世代エコカーである燃料電池自動車(FCV)「MIRAI(ミライ)」の発売に合わせ、斬新なデジタルキャンペーン「Fueled by Everything」を展開しました。水素で走るMIRAIの利点をわかりやすく伝えることを目的とした取り組みで、SDG7(エネルギーをみんなに そしてクリーンに)およびSDG13(気候変動に具体的な対策を)の推進に資する内容です。中でも話題となったオンライン映像「Fueled by Bullsh*t(牛のフンで走る)」では、ドキュメンタリー映画監督モーガン・スパーロックを起用し、「水素エコカーは“デタラメ(bullsh*t)”だ」という批判に真正面からユーモラスに応えました。映像では酪農家が牛の糞からバイオガスを生成し、水素燃料を作ってMIRAIを走らせる一部始終が3分間で紹介されます。つまり、本当に“牛のフンで走った”わけで、再生可能資源から水素を生み出す技術の可能性を視覚的に示したのです。
このデジタルキャンペーンは「Fueled by Everything」のタイトル通り、水素が様々な再生エネルギー(太陽光、風力、廃棄物由来ガスなど)から製造できることを一般消費者に教育・啓発する狙いがありました。トヨタは専用ウェブサイトやYouTube、Huluなどのオンラインメディアで動画を配信し、科学者の解説記事やインタラクティブなコンテンツも用意して、水素エネルギーについて深く学べる場を提供しました。SNSでもこの奇抜な動画は拡散され、「面白いのに勉強になる」と評判を呼びました。消費者への訴求ポイントは、難解に思われがちな環境技術をユーモアと物語性で噛み砕いて伝えた点です。特に自動車分野ではガソリン車と比べた際の利便性不安が課題ですが、本キャンペーンでは「燃料の充填はわずか5分、排出されるのは水だけ」といったMIRAIの特徴も強調され、楽しませながら製品メリットと環境価値を印象付けました。
この施策により、MIRAIは技術志向の早期採用層だけでなく幅広い層に認知され、水素社会のビジョンが共有される一助となりました。具体的な販売台数への影響は測りにくいものの、キャンペーンは世界中で話題となり数百万回の視聴が行われたと推定されます。トヨタは「水素には再生可能エネルギーとして大きな可能性がある」と強調し、MIRAI開発に長期的視野でコミットする姿勢を示しました。結果として同社は革新的で責任あるメーカーというブランドイメージを高め、MIRAIは「未来志向」の象徴的モデルとして位置付けられました。環境コミュニケーションにエンターテインメント性を融合させた好例として、他業界からも注目されたキャンペーンです。

https://www.youtube.com/watch?v=jf5t6jn87WQ
事例⑥ コカ・コーラ:リサイクル促進イベント「Toss In, Take Out」
飲料メーカー大手のコカ・コーラは、製品容器のリサイクル啓発を目的にユニークな販促イベント「Toss In, Take Out」を2023年に米国で実施しました (Coca-Cola Uses Free Pizza to Drive Recycling Awareness)。この取り組みはSDG12(つくる責任 つかう責任:リサイクル推進)に該当し、使い捨てプラスチック削減と循環型経済の促進をねらいとしています。キャンペーンではニューヨーク、アトランタ、シカゴの人気ピザ店と提携し、指定日のイベントに家庭で空になった飲料ボトルを持参すると無料でピザ(またはピザスライス)とコカ・コーラ(100%再生PETボトル入り)がもらえるという内容でした。「飲み終わったボトルをポイッと入れて、テイクアウトピザをもらおう」というキャッチフレーズの通り、消費者に楽しみながらリサイクルに参加してもらう顧客参加型イベントです。
このプロモーションの訴求ポイントは、即時的な報酬と体験の場を提供することでリサイクル行動をポジティブに強化した点です。従来、リサイクルは消費者任せになりがちでしたが、コカ・コーラは無料ピザというわかりやすいインセンティブで関心を喚起しました。さらにピザ店という日常的な場を活用することで、老若男女問わず参加しやすくしています。イベント当日は各店舗に専用の回収箱が設置され、持ち込まれたペットボトルはブランドを問わずすべて受け入れられました。コカ・コーラ社の担当者は「消費者のリサイクル継続があって初めて当社は100%再生素材ボトルを実現できる」と述べており、このイベントを通じてリサイクルへの参加意識と、自社のリサイクル素材ボトルの普及PRの双方を狙ったとしています。
成果の面では、イベント自体が限定的な地域・日程だったため数値的なインパクトは限定的かもしれませんが、メディアで大きく報道されブランドイメージ向上に寄与しました。特に100%再生PET製ボトルの販売地域拡大(米国で20オンスボトルの約半数が再生材へ移行)というタイミングに合わせた施策でもあり、「ボトルをリサイクルすればまた新しいコークのボトルになる」というメッセージを消費者に印象付けることに成功しています。参加者からは「楽しくリサイクルできた」「またこうしたイベントがあれば参加したい」と好評で、今後他地域への展開や恒常化も期待されます。コカ・コーラはグローバルで2030年までにボトル回収率を100%にする「World Without Waste」戦略を掲げており、本イベントはその一環として消費者を巻き込む新しい試みと位置付けられます。

https://www.youtube.com/watch?v=hXbMZsbJUhQ&t=111s
【注目されるトレンドと新手法】
上記の事例から、製造業の販売促進における環境SDGs配慮のトレンドとして以下のポイントが浮かび上がります。
●サステナブル体験型マーケティングの重視
企業は消費者に環境配慮を体験させる手法を積極的に採用しています。AdidasのランイベントやルノーのEV村プロジェクト、パタゴニアの修理ツアーなど、単にメッセージを伝えるだけでなく行動の場を提供し、参加者自身がサステナビリティに寄与できる実感を得られるよう工夫されています。こうした体験型施策は、ブランドと消費者の絆を深めるとともに、環境意識の醸成にもつながります。
●デジタル施策とSNS連動の拡大
グローバルキャンペーンではデジタルメディアの活用が不可欠となっています。SNSやモバイルアプリを通じて参加を呼びかけたり、ハッシュタグチャレンジでユーザー生成コンテンツを促したりする例が増えています。Adidasはランニングアプリ連動で世界中の参加者を可視化し盛り上げましたし、トヨタはYouTube動画と専用サイトで技術情報を発信して理解促進を図りました。SNS上での拡散やバイラル効果により、環境メッセージが従来届きにくかった若年層にも広がっています。また、オンライン上でコミュニティを形成し、持続的なエンゲージメント(例:パタゴニア製品の愛用者コミュニティ)が生まれるケースもあります。
●インセンティブとゲーミフィケーション
消費者の環境行動を促すため、報酬やゲーム性を取り入れる手法も注目されています。コカ・コーラのようにリサイクルすれば即座にピザがもらえるといった分かりやすい特典は参加意欲を高めました。他にも、ポイント付与や抽選キャンペーンを通じてリサイクルや省エネ行動をゲームのように楽しく継続してもらう施策が各社で検討されています。
●循環型経済(サーキュラーエコノミー)との連動
製品のライフサイクル全体で環境負荷を減らす循環型の考え方がプロモーションにも取り入れられています。IKEAの中古買い取りやパタゴニアのWorn Wearのように、リサイクル・リユースを促進する施策は企業の責任ある姿勢を示すだけでなく、消費者にもお得感や満足感を提供しました。また、Adidasのように廃棄物から新製品を生み出すアップサイクル商品を打ち出すことで、「買うこと」がそのまま環境貢献につながる循環の仕組みを作る動きも増えています。
●脱炭素・クリーン技術を伝える創意工夫
気候変動対策としての脱炭素技術をわかりやすく訴求する手法も発展しています。ルノーやトヨタの事例では、電気自動車や水素エネルギーといったクリーン技術を親しみやすく紹介するコンテンツが功を奏しました。専門用語や数値ではなく、物語性(村人の生活、ユーモア動画)やデモンストレーション(実際に走らせてみせる)によって伝えることで、技術への理解と受容が広がりやすくなっています。今後も再生可能エネルギーやカーボンニュートラル材料などをテーマに、消費者との接点で創造的に伝えるマーケティングが求められるでしょう。
●真摯さと透明性(グリーンウォッシュへの警戒)
最後に、サステナブルマーケティングにおいては企業の本気度と透明性が非常に重要なトレンドです。消費者は年々グリーンウォッシュ(見せかけだけの環境配慮)に敏感になっており、表面的なキャンペーンでは逆効果になり得ます。その点、紹介したパタゴニアのように「言行一致」で継続的に環境活動を行う企業は強い支持を得ています。今の時代、単発のプロモーションで環境を語るだけでなく、企業全体の戦略としてSDGs目標を追求し、その進捗や結果をきちんと開示することが信頼獲得のカギとなっています。例えば、製品の環境フットプリント情報をマーケティングに組み込み、ユーザー自らチェックできるようにする取り組みや、第三者認証を取得して訴求するケースも増えています。誠実なコミュニケーションと実効性ある行動を両立させることが、これからの販売促進には不可欠でしょう。
気候変動や資源問題への関心が高まる中、企業と消費者が協働して持続可能な未来をつくる動きは今後ますます加速すると期待されます。紹介したような先進的な試みは、単に商品を売るためではなく、ブランドを通じて社会にポジティブな変化をもたらす新しいマーケティングの方向性を示しており、製造業全般に広がることが望まれます。

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